還暦ダイアリー

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懐かし映画『砂の器』:音楽に恵まれた名作

以前の投稿で映画『砂の器』のことを書いてから、劇中で演奏されたあの音楽が10日以上も頭の中でグルグル鳴り続けているため、仕方なく?既に何度も観ている映画本編をまた観ることにしました。

ただ、観ようにもDVDは既にメルカリで売ってしまったので手元になく、アマプラで松竹のサービスに2週間無料ということで登録。・・あと2本くらい観て早く抜ける予定。月会費を取られてしまうので。

 

 監督:野村芳太郎
 脚本:橋本忍山田洋次
 音楽監修:芥川也寸志
 テーマ音楽:菅野光亮作曲、ピアノと管弦楽のための『宿命』
 原作:松本清張
 キャスト:丹波哲郎、加藤 剛、森田健作、緒形 拳、加藤 嘉 他
 1974年松竹作品

 

国鉄の蒲田操車場で男性の他殺体が発見される。この事件を地名と思しき『カメダ』というワードだけを頼りに、警視庁捜査一課の今西(丹波哲郎)、西蒲田署の吉村(森田健作)の刑事2人が執念の捜査を展開する前半。

この段階で空振りが続く捜査シーンと入れ替わりに、人気作曲家、和賀英良(加藤剛)のシーンが挟まれることで、暗黙のうちに彼が犯人であろうということが周知されます。

やがてズーズー弁に似た『カメダ』が、東北ではなく出雲地方の亀嵩(かめだけ)であることが解り、被害者が元亀嵩駐在所勤務の巡査、三木謙一(緒形拳)であるという身元判明に繋がる。しかし、ひと様から恨みを買うようなことは絶対にあり得ないという、聖人のような三木の周辺捜査からは怨恨の線が浮かび上がらず。

今西はさらに、数日間の予定で旅行に出たまま帰路につかず、何故か東京へ行くことになった三木のお伊勢参り旅行の足跡を追いかける。その一方で、吉村の猟犬のような調査で、中央本線塩山付近から事件当時に返り血を浴びた白シャツ片が発見されます。

 

後半、捜査会議の席上で今西は音楽家、和賀英良に対して逮捕状を請求します。ここまで警察関係の場面では捜査線上に和賀の名前は出てきておりませんでした。

和賀英良を被疑者とするに至る捜査経緯は、彼の隠された過去を追いかけるくだりとなり、ここから50分に及ぶ圧巻のクライマックスが始まります。

今西が時に涙を交えながら語る和賀英良の半生、そして和賀のピアノと管弦楽のための『宿命』の華々しい初演シーン、さらにハンセン氏病を患った父親千代吉(加藤嘉)と少年和賀の巡礼の放浪が、クロスカッティングの技法により鮮やかにオーバーラップされます。美しい日本の四季の映像に反して、旅の先々で虐げられ迫害を受ける親子の姿が悲痛。差別はいけない。

今西がまだ存命だった千代吉に和賀の写真を見せるも、彼が泣き叫びながら否定する場面での加藤嘉さんの名演技がやばいくらいに胸を打ちます。

そして、逮捕状を手に演奏会会場へ赴く今西と吉村。

 

この映画はサスペンスではなく人間ドラマです。焦点は犯人である和賀英良の動機。

しかし、何も考えずに見ていると、あんなに辛い放浪を経て強い絆で結ばれたはずの千代吉に会おうともせず、懸命に世話をしてくれた三木を殺害した動機が、音楽家としての成功や政治家の娘と結婚するなどの地位や名誉のため、と受け取れてしまいます。

それはそれでドラマは成立しますが、やや浅く腑に落ちません。

あえて動機の説明を直接語らず、観た者の判断に委ねられているのだとしたら、演奏会会場で終演を待つ今西が吉村に言った、『今、彼は父親と会っているんだ。音楽を通してでしか父親と会えないんだ』が遠回しなヒントとなりましょう。和賀は地位や名誉を守りたかったのではなく、親子の絆を音楽に昇華させた『宿命』を守りたかったのかもしれないと。

 

クライマックスでの映像はクロスカッティングによる場面切り替えが見事ですが、『宿命』の音楽はずっと背景音楽として演奏が続けられており、様々な場面とリンクした音楽が観た者の記憶に強く残ります。

自分が『砂の器』のことを思い出しただけで、10日以上も『宿命』の音楽がグルグルと頭の中で鳴り続けるのは、制作陣が仕掛けた巧みな映画技法の術中に、長年に渡って嵌り続けているせいです。

いずれにせよ、『砂の器』は心に響く効果的な旋律を有する名曲と、それを最大限に活かす脚本や編集技法を含め、音楽に恵まれた名作映画であることは間違いありません。

 

追記

この映画で気になる箇所があるとすれば、演奏会の場面で、絶対に加藤剛さんの手には見えない、ピアノ演奏吹き替えの菅野光亮氏のむっちりした指でしょうかね。