還暦ダイアリー

いつの間にか還暦に。されどまだ還暦、人生カウントダウン始まらず

ジャケ買いした音盤たち。映画音楽からジャズ、クラシックまで。(パート1)

今の若い方々は『ジャケ買い』という言葉を知っているのかな。
CDやDVDなど、中の音楽や映像の質はともかく、美麗な装丁に惹かれて購買を決めてしまうことで、自分たちの世代は当たり前に使ってましたが、実は今や死語だとか。つくづく、メディアが売れない時代になったのだと実感します
ふとしたことで、これまで結構な数のレコード、CDをジャケ買いしてきたことを思い出し(後述)、並べてみることにしました。健全な男子たる自分は、どう考えても美人アーティストのジャケットにフラフラと引き寄せられているのかと思いきや・・、いや、実際そうなのですが、中にはそうでもないのもありました。

まずはこれ。
20年くらい前に、ディスクユニオンで100円で購入した、フランコ・ゼフィレッリ監督の超有名映画『ロミオとジュリエット』のサウンドトラック・レコード(中古)。
装丁デザイナーのセンスを感じる美麗で良いジャケットですよね。オリビア・ハッセーが美しい。一方、収められているニーノ・ロータの音楽は良く知ってますが、実際のところ購入した20年前当時も今もレコードプレーヤーを持っておらず、一度も針を落としたことがありません。レコード用のフレームを買って今でも家に飾ってあります。

(レコード盤)

 

次。
クラシック音楽界隈でジャケ買い率ナンバーワンじゃないかと思われる、エレーヌ・グリモーさんが弾く、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番です。管弦楽はウラディミール・アシュケナージ指揮によるフィルハーモニア管弦楽団。録音は2000年。
彼女は御覧の通りの美人ですから、この盤に限らずジャケットはいずれもビジュアルを前面に出したものが多いわけですが、この天才ピアニストが弾く音楽は、どの盤もジャケットの印象を凌駕する繊細かつ能弁な名演奏が収められています。
一方で彼女は、かつては左右の対称性に関する強い強迫性障害があり、自傷に至ったこともあるとか。また狼の保護に熱心であることも有名で、自費で保護センターを建ててしまったほど。

そんな彼女が今年の9月、8年ぶりに来日してソロ・ピアノのコンサートやNHK交響楽団と共演するなどを予定しているのですが、会場のひとつがミューザ川崎シンフォニーホールなのです。ご存じの方は多いと思いますが、ホール全体が左右対称ではない微妙なスパイラル構造をしており、どこかの客席フロアは地面に対して平行でなく微妙に傾いた床もあったりします。強迫性障害が過去のものであれば問題ないと思うのですが、彼女は知っているのだろうか。

(CD)

Helene Grimaud: Living with Wolves

(スパイラル構造のミューザ川崎シンフォニーホール

 

次はピアニスト、三浦友里枝さんのデビュー盤。録音は2004年。
このジャケットを目にするまでは彼女のことを全く知らなかったので、ジャケ買いという意味では完全に条件を満たしてますね。『インプレッション(印象)』というタイトル通り、内容は印象派を中心としたフランス・ピアノ音楽名曲集。ドビュッシーラヴェル、サティ、フォーレの小曲が収められています。一時、BGMとしてこのCDばかりかけてました。素直に良いアルバムだと思いますし、デビュー盤に印象派を持ってくるところに自信のほどが伺われます。
今でもフィリアホールドビュッシーの全曲連続演奏会を続けているなど、実力派のピアニストです。

(CD)

 

過去に買ったジャケ買いを思い起こせば、もう美人アーティストばかりがわんさか出てくると思っていたら、さにあらず。さほどクラシック音楽に詳しくなかった10代の頃、1980年くらいでしたか、ジャケットに惹かれて買ったレコードがあったことを思い出しました。
実際にレコードジャケットを手に取っていただかないと、このジャケットの良さが伝わらないと思うのですが、なんてことない中欧の田園風景と空だけというシンプルな光景に、レコード屋で選ぶ手が止まったことを覚えています。
特にこのレコードの記憶が鮮明なのは、音楽の内容が伴っていたから。ドヴォルザーク交響曲第八番、今では使われませんが当時は『イギリス』という副題が付いていました。演奏はジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団で、この曲イチと言っても過言ではない稀代の名盤。デッカ・レーベルの名録音、1961年のカラヤンウィーンフィルの演奏すら超えています。CBSソニーの廉価シリーズで1300円でした。

(レコード盤)

 

美人アーティストばかりじゃないぞと、たった今ジョージ・セルドヴォルザークを誇ったばかりですが、その1~2年後には、もう美人ジャケットに惹かれて、いそいそとジャケ買いしてました。やはり自分は健全な男子です。これももちろんレコード盤で、メゾ・ソプラノのフレデリカ・フォン・シュターデによるフランス・オペラアリア集。お金がかかった管弦楽伴奏付きです。

実はブログのジャケ買い投稿、このレコードを思い出して書き始めました。
今週末に聴きに行く藤原歌劇団公演でのロッシーニの歌劇『チェネレントラ』を耳に馴染ませておくため、アグネス・バルツァネヴィル・マリナーの演奏で聴いています。でも、バルツァの声ではなく、確かクラウディ・アバド盤のDVDで出ていたフレデリカ・フォン・シュターデの声で聴きたいなーと渇望しつつ、そういえば彼女のレコードをジャケ買いしたよなーと思い出したのが本投稿を書くきっかけとなりました。
このレコードはどっかへ紛失してしまって聴くことができないのですが、手持ちの音源だとやはりアバドの指揮で、マーラーの第四交響曲の終楽章にて彼女の可憐な歌を聴くことができます。

(レコード盤)

 

次は芸術絵画のジャケ買い。芸術・・ですが、以下の画像から何となくジャケ買いしたくなる気持ちが伝わりますでしょうか。
内容はリヒャルト・シュトラウスのチェロ・ソナタ(作品番号6)で、チェロがアンドレア・ファヴァレッサ、ピアノがマリア・セメラーロ。ブリリアントというクラシック界隈では廉価で有名なレーベルから発売されています。2015年録音。
ただ、以前もどこかで書いたのですが、リヒャルト・シュトラウスの若い頃の室内楽がとても好きで、ちょこちょこと集めていたうちの一枚になります。このチェロ・ソナタも実に名曲で、ミッシャ・マイスキーロストロポーヴィチも録音しています。ただし、この盤のチェリストとピアニスト両名の名前は知りませんでしたが。
そしてこの絵は、19世紀の英国画家、ジョン・コリアーの手による『レディ・ゴダイヴァ』です。ここに描かれたお美しいご婦人がすっぽんぽんで騎乗している謂れは検索していただくとして、このご婦人が有名なのは、某高級チョコレート・ブランドとして有名なゴ○ィバのシンボルとして使われているから。

(CD)

(某チョコレートブランドのシンボル)

 

次は有名なジャズ盤です
ビル・エヴァンスのピアノ、ジム・ホールのギターによる『アンダーカレント』で、1962年の録音。サロン音楽のように肩の力が抜けたインプロヴィゼーションに聴こえますが、それは丁々発止なプレイを垣間見せない二人の名人芸が成せる業なのでしょう。旋律と伴奏が明確な『スケーティング・イン・セントラル・パーク』を除けば、ピアノとギターの主従はなく、緊張感のある『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』や繊細で美しき『ドリーム・ジプシー』など、陶然と酔える音の綾を紡いでいます。
ドラムスもベースもなく、まだまだハードバップ主流な時代に録音されたことを考えれば、この異色デュオの先進性、あるいは時代を超えた普遍性に驚かされます。
尚、このジャケット写真ですが、聞くところによるとこのアルバムのための写真ではなく、どこぞのフォトグラファーが撮った写真だとのこと。でもいい写真です。レコード盤を買って飾りたいのだけれど、めちゃ高いんです。

(CD)

 

もうひとつジャズ盤から。
今も女優などでご活躍の秋本奈緒美さんのデビュー盤で『ROLLING 80's』。1982年発売。『ジャズ界の百恵ちゃん』的なキャッチで売り出されました。
自分のジャケ買いは、ほとんど間違うことなく良アルバムであったことを誇っているのですが、これは・・・ごめんなさい失敗・・でした。いや、お好きな方は好きなのでしょうが、自分にはどうも彼女のウィスパー唱法が苦手で、そんなにうまいわけでも・・、えーと、それでも、そこそこ聴きこみました。『TEA FOR TWO』とか『チーク・トゥ・チーク』とか鮮明に覚えています。今、改めて聴けば懐かしく感じることでしょう。

(レコード盤)

 

次の渋いジャケットは、ヘルベルト・フォン・カラヤンが1954年に単身初来日した際にNHK交響楽団日比谷公会堂で指揮した記録で、チャイコフスキーの悲愴交響曲になります。音はモノラルですが、そこはNHKの技術陣の素晴らしさ、音楽性は一切損なわれておりません。同じ年にEMIにフルトヴェングラーが残した録音の酷さなんかとは雲泥の差があります。
いいジャケ写だと思いませんか?これもレコード盤で飾りたくなります。

(CD)


まだまだ、この他にもジャケ写を用意していたのですが、懐かしくなって書いていたら長くなってしまいました。ここで中断します。『ジャケ買いした音盤たち・パート2』はまたいずれ。

 

時事【万博、行きたいですか?】

もう何年も前から大阪万博(EXPO 2025)の工事遅れが指摘されており、既に開催まで一年を切った現在も状況は変わらず。それだけでなく出展国の減少や内容が貧弱化するなどネガティブな報道ばかりが目立ちます。しかも能登地震が追い打ちをかけて、万博なんかやってる場合か、復興に金を回せという議論が起こりましたが、今も収まったようには見えません。

自分は結構いい歳なので、小学生の頃にEXPO’70、大阪万博がありましたが、これは2025年の大阪万博とは全く異なり、国中が沸いた世紀の大イベントでした。しかし、自分の家は関東圏なのでおいそれとは大阪の万博などいけません。それでもクラス40人のうち何人か行った子がいて、彼らはもちろんヒーローでした。
でも、内心こそ羨望で焦がれていても、あまり彼らの自慢話を聞かなかったように記憶しています。悔しかったのかもしれません。ウチはそんなに裕福ではなかったから、両親に万博へ行きたいなどとは絶対に言い出せず、会期中はずっと悶々としてました。

大阪万博に行けなかった反動は大人になっても引きずったままとなります。
つくば万博に迷わず行ったのはもちろん、記念公園の太陽の塔を見るためだけに千里まで行ったこともあります。それだけではなく、1983年にグランド・オープンした東京ディズニーランドは初日から三か月目(割と空いていた)、2001年の東京ディズニーシーは初日から一週間で行きました。それもこれも、もうディズニーランド行ったの?と羨ましがられたかっただけのような気がします。

1960年生まれの浦沢直樹先生が描いた『20世紀少年』というコミックがあります。また、それを原作にした映画が1955年生まれの堤幸彦監督によって撮られました。

2018年の記事があり、浦沢先生はここで2025年の万博を批判しています。
この中に大事な記述があるので少し引用します。

 『僕が描いた「20世紀少年」は、10分の1くらいが自叙伝です。この漫画で、僕は、万博に行けなかったことで相変わらず夢を抱いている自分を自虐的に笑っているんです』

万博に行けなかった気持ちを同世代の浦沢先生が代弁しています。多分、今の若い方々には、あの70年の大阪万博がどれだけ凄いイベントだったか、また、行けなかったことで負のエネルギーがどんだけ蓄積したかなど、絶対に想像できないと思うのです。

2018年の時点で『万博やオリンピックで潤うのは、権力者と一部の利権者だけ』と述べています。慧眼です。

2025年の大阪万博ですが、何年前でしたっけ、あの奇怪なキャラクターに決まった時点で、自分は万博に対する一切の興味を失いました。あんな気持ちの悪いキャラクターの博覧会に海外から出展したいと思うでしょうか。あえて失敗させようという悪質な意図さえ感じるのです。

そして利権。すぐ思いつくままに書くと、350億円の無駄な木造のリング、中国バス、万博跡地のカジノ、豪華トイレその他・・。

初日まで一年を切っているのに、未だ工事業者が決まらず、出展国の減少が止まりません。奇怪なキャラククターに決定させた誰かは、まだまだ日本に国際的な恥をかかせたいのかもしれません。あるいは既に利権のお金は吸い上げていて、万博の開催そのものは赤字になろうが国に補填させるのでやる気がないという可能性も。

ここまでくると、中止ありきで時間切れ(でリングだけを残す)を狙っているような嫌な予感も漂ってきました。まさかね。

万博を楽しみにされている方がいらっしゃいましたらごめんなさい。客観的に見て、あまりにも大阪府がおかしいので本投稿を書いてしまいました。

 

演奏会【佐渡裕/新日本フィルとウエンツ瑛士の『夏の夜の夢』】

昨夜、この演奏会から戻り、仕事のプロジェクトチームのウィークリーレポートを書き上げてメールで送り、寝たのがなんだかんだ午前3時。
本日は10時から東京文化会館での東京音楽コンクール本選のチケット、12時から30年近くに渡って観劇を続けている劇団『ラッパ屋』さんの公演チケット取り、そして午後はN響公演に出かけます。
ただ、10時の東京音楽コンクールのチケット取得後、ラッパ屋の販売開始が12時のはずなのに、試しに購入専用URLを入力してみると、あれよあれよという間にチケットが取れてしまった。いいのだろうか。最前列のかぶりつき席ですよ。
ということで、少し時間ができたのでこの投稿を書き始めていますが、書き終わるのはいつになるのだろう。

新日本フィルハーモニー交響楽団 第655回定期演奏会
2024年4月19日(金) サントリーホール

 指揮:佐渡
 ソプラノ:小林沙羅
 メゾ・ソプラノ:林美智子
 妖精パック:ウエンツ瑛士

 ベートーヴェン交響曲第2番ニ長調作品36
 メンデルスゾーン:劇付随音楽『夏の夜の夢』作品61より

このところすっかり春の陽気になり、電車に乗るために急ぎ足で駅へ向かうと汗ばむくらい。軽装で出かけられるので、冬の間、演奏会会場で重い上着のやり場に困っていた(クロークに預けるのが面倒なので)ことが少しだけ昔に感じられるようになりました。
この日は新日本フィルの2024-25シーズンの初日公演で、会場はサントリーホールでした。会員継続特典のCDは、昨シーズンの定期演奏会を聴いた中で一番の好演だった、佐渡さんによるブルックナー交響曲第四番のライブでした。これはうれしい。
昨シーズンのすみだトリフォニーホールからの席替えで、サントリーホールのPブロック席にしましたが、ここは音のバランスが悪く基本的に良い席ではありません。昨日は児童合唱がよく聴こえませんでしたし、金管の音が大き過ぎたり、オルガンを使う曲などは頭上を音の波が通過して客席に降ってきません。でも、昔から馴染んでいる席ですし、音楽への没入感が高く気に入っているんです。

前半はベートーヴェン交響曲第二番。
いわゆる第三番『英雄』以前の初期交響曲として第一、第二番が括られてますが、この曲は第一番とも違って個性的です。ベルリオーズ曰く、エネルギーに溢れているとか評していたそうですが、その割に第一楽章の序奏からは苦悩を感じます。苦悩から歓喜がテーマである第九交響曲における、苦悩の第一楽章を思い出させる展開があるのも印象的です。しかし、第一主題がヴィオラ、チェロで奏されてからは一転、気分を高揚させてくれるような明るい展開に。
いわゆるハイリゲンシュタットの遺書が書かれた時期でもあり、序盤のナーバス感は難聴が始まった影響を否定することはできないでしょう。

この曲は割と好きなのですが、なかなか演奏の機会に恵まれません。最後に聴いたのは2015年の小澤征爾音楽塾(横須賀芸術劇場)の前半プロで、アルト歌手で指揮者のナタリー・シュトゥッツマンさんの指揮でした。その後半プロがラヴェルの歌劇『子どもと魔法』(こちらは小澤さん指揮)。
昨日の『夏の夜の夢』、そして小澤さんの『子どもと魔法』、どちらのメルヘン曲も前半にベートーヴェンの第二交響曲が置かれています。何か因果関係があるのかどうか少し調べてみたものの解らず。きっと偶然?
この曲の演奏は、ハイドンの流れで古典風にしたり、あるいはピリオド楽器を用いて快活なリズムで演奏するのも趣向があって良いですが、この日の佐渡さんの演奏のように開放的で躍動感を伴った演奏の方が自分は好みです。

後半はメンデルスゾーンの劇伴『夏の夜の夢』。
予定されていたプログラムを見るに、児童合唱含めた声楽陣を揃えてあるのに全曲ではなく抜粋、しかも曲数が少ない、と、やや不満でしたが演奏が始まって納得。ホール内のあちこちに出没する妖精パック役のウェンツさんが主役。そりゃあ曲数が減るのも仕方がない。

この曲を最後に聴いたのは2022年夏のパシフィックフィルハーモニア東京(旧東京ニューシティ管弦楽団)で、指揮は飯森範親さんによる全曲公演。
ゲストコンマス(当時。現在は同楽団の特別主席コンサートマスター)としてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のヘンリック・ホッホシルトさんが入っていたおかげなのか、緊張感があるドイツ音楽としてのメンデルスゾーンがオペラシティに響いていたことが印象的でした。中井貴惠さんの無駄のない凛とした朗読も良かった。
余談ですが、この日の前半プロでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾いていた髙木凜々子さんが、その後、同楽団の特別ソロコンサートマスターに就任しています。

昨日の佐渡さんの演奏は、妖精パックの一人芝居、演出、照明を含めた趣向のある舞台音楽として、ロマンティックなメルヘン音楽に徹していたのもまた良かったのではないかな。
ただ、ウエンツさんを朗読だけにした全曲演奏でもよかった気がしないでもない。そう感じるのは、天井スピーカの音がPブロックではよく聴こえず、ウエンツさんのセリフがたまに聞き取れなかったせいもある。

 

レゴ・フォートナイト【やむを得ず途中放棄、アイスロック・キャッスル編】

興味ない方には申し訳ございません。レゴフォートナイトの経過です。もし、ご興味があれば下記のカテゴリーリンクから過去投稿に目を通していただけますと幸いです。

レゴ・フォートナイト カテゴリーの記事一覧 - 還暦ダイアリー

 

前回まで、いい感じに凍てつく地の巨城建築の経過をお伝えしてきましたが、ついに恐れていた以下のメッセージが出るようになりました。

 

 

これはPS5のメモリ限界のようです。このメッセージの時点では警告なので、ある程度は建築を進められるのですが、次のキャプチャのとおり・・・

裏から見ると、正面からのビューを優先に進めていたので、見えないところはあちこちがハリボテ。これを組み進めると限界を突破してしまうであろうことが簡単に予測されるので、やむなくアイスロック・キャッスルの築城を中断しました。
どうもこのメッセージはバグらしく、いつか直る日に再開したいと思います。

 

このあたりにも広く城下町を置く予定でしたが、メモリがいくらあっても足りません。この『エリアの複雑度』問題は、エリア単位のメモリ消費が限界に達したという警告だと思うので、恐らく、縦方向への高い築城がいけなかったのかなと考えています。

 

当面は手を付けられませんので、思い出に築城の様子を振り返ってみます。

思い出①:ロケハンで訪れた頃。この巨大な氷柱を抱くことになります

思い出②:最初の中間報告。本館の威容が現れたとき

思い出③:ひとつ前の中間報告。尖塔ができたとき。自動車実験架線も見える

 

以下、最新の報告。

遠景その①。朝日で逆光になるので、夕陽だと茜色が綺麗に映えます。前回、中央の尖塔だけだった周囲に新たな見張り台や副塔その他を建設。ただ、先に書いたとおり、ほとんど後ろはハリボテ。また、自動車の実験架線は撤去してシャッターで閉じた。

 

遠景その②。日中の光景。

 

本館天井部その①。内層階から上がってくる階段など。結構カッコよく作り込んでいる。中断がもったいない。

 

本館天井部その②。旗がある場所には偉い人が立つテラスになっている。

 

内装(下層)。結局奥の部屋は使わずじまい。

 

内装(上層)。奥に屋内自家菜園。バイオマス燃料となる小麦を栽培。このへんのフロアにシアターとか作りたかった。相当にメモリを喰うと思いますが。

 

内装(一階)。機械室前。

 

中央尖塔を見上げる。がらんどう。

 

自動車実験も中断。車は動かぬ展示車に。隠れて見えませんが、氷柱屋上には村のシンボルがあります。だけどここまで昇ってこれたキャラクターはいない。

 

築城を中断したので、新たな候補地を探してロケハンを実施しました。既に以下の3枚のどこかで建築を開始しています。三枚目の滝で滑り台とか楽しそうな感じがした。

 

以上です。ここまで見ていただいてありがとうございました。

 

演奏会【NHK交響楽団:第2007回定期演奏会。マレク・ヤノフスキの独墺音楽】

2024年4月14日(日)NHKホール
 マレク・ヤノフスキ/NHK交響楽団
 シューベルト交響曲第4番ハ短調D.417『悲劇的』
 ブラームス交響曲第1番ハ短調作品68

ヤノフスキ/N響は数年前の『ローエングリン』以来。

ヤノフスキさん、今年は『トリスタンとイゾルデ』や『指環ガラ』を上野で演奏していたので、疲れてないかが少し心配でしたし、この方のドイツ・オーストリア系の音楽はきっと巨匠風な演奏になるだろうと勝手な予測をしていて、展開がイメージできる反面、そんなに楽しみでもなく出かけたわけです。
その電車の中で前日の公演評をSNSで見ていたら結構な好評価。いやいや、N響で老匠(って失礼な呼称でごめんなさい)、例えば朝比奈隆サヴァリッシュ、スクロヴァチェフスキ、ブロムシュテットとか、本日のヤノフスキを迎えると、お客さんの評価が何割か増しになるので、きっとソレだなと。

前半のシューベルト
特に好きでも思い入れのある曲でもなく、むしろ掴みどころがないと感じていた、シューベルトが10代後半で作曲した若書きの曲。
ヤノフスキさんの音楽は、ロマン派の括りであるシューベルトが、憧れつつも批判的でもあったというベートーヴェンの時代感で再現した古典的アプローチかなと思う。おかげで掴みどころがある音楽として素直に聴けました。
自分の中で、全く興味が無い曲から、まーまー好きになれそうな音楽に昇格。

後半のブラームス
第一楽章冒頭の割とまったりした開始から、あーやっぱり巨匠風な展開かと腕組みなんかしたりする。でもこの楽章の後半あたりからスイッチが入ったようで燃焼度が上昇。あと、普段は三階席まで聴こえない内声を浮かび上がらせる一方で、内声を鎮めるというのもどこかの楽章で聴いた気がする。
終楽章になるとヤノフスキさん動く動く。緩急強弱自在で終わりよければ的ではありましたが、重厚というより自在な演奏。尚、美しい第二楽章が聴きどころでした。

次回N響20日のクリストフ・エッシェンバッハのブル7。自分の中で爆演指揮者に括っている彼のブルックナーが楽しみでならない。尚、その前日金曜は佐渡裕新日本フィルのシーズン初日で、メンデルスゾーンの『夏の夜の夢』の声楽が入る抜粋。好きな曲なので全曲で聴きたかったが、これも楽しみ。

 

時事【小池百合子都知事】

以下、一部を除き客観的な視点で書いているつもりですが、記事が記事なので全体にネガティブな印象を与える結果となっています。

いわゆる『文春砲』で小池都知事の周辺に激震が走っています。自分は真偽のほどが解るはずもない一般庶民ですし、知事の反論も記事になっております。ここでは疑惑に止めておきますが、果たして次の都知事選に出馬されるのでしょうか。(たぶん出馬する)
小池さんには一期目の都知事選に出る以前より、学歴詐称疑惑があったことは周知の通りです。特にSNSなどに多い彼女に批判的な層は、これを忘れることなく都度都度持ち出して彼女を批判しておりましたが、非ネット層、つまりテレビや新聞を主な情報源にしている方々は、これまでそういう報道が少なかったので、すっかり忘れていたかもしれません。

ネットで小池都知事が批判される理由ですが、ざっと整理すると以下の四項目に絞られると思われます。

  1. 学歴詐称疑惑をスッキリ解明しない不信感
  2. 一期目の公約実現ほぼゼロ
  3. 公約実現を行わない一方で不必要な事業を展開する
  4. 東京都の行政そのものに対する不信感

ホットな話題である[1]学歴詐称疑惑に関しては記事を読んでくださいとだけ書いておきます。繰り返しますが極めてグレーに見えても真偽のほどはわかりません。

[2]の公約に関して、2020年、前の都知事選の前にさんざん検証されております。掲げた主な公約は以下の7項目。

  • 待機児童 ゼロ
  • 介護離職 ゼロ
  • 残業 ゼロ
  • 都道電柱 ゼロ
  • 満員電車 ゼロ
  • 多摩格差 ゼロ
  • ペット殺処分 ゼロ

結局、ゼロ化の公約は実現ゼロでした。一部、ペット殺処分に関しては手掛けられたようですが、国が定義している区分から見るに、完全なる実現には至ってないとのことで、当然上昇すべき譲渡率も微増で裏も取れてません。これでは都民を欺いていると言われても仕方ないのですが、何故か人気があるのと、投票しようという気にならない対立候補勢のおかげで面白いように票が集まって二期目も当選となりました。

そして、主にネットで批判が集中しているのは[3]に関係します。
小池都政が推進する太陽光パネル義務化の危険性が様々な記事で指摘されております。
記事を要約すると、
経産省の災害に関する注意喚起では、太陽光パネルは破損した場合でも日の光が当たると発電をする可能性があるため、むやみに近づかないようにご注意下さい。また、復旧作業にあたられる際も十分ご留意下さい。とのこと』
『鹿児島で発生した太陽光発電施設での火災は、感電の恐れがあって放水できず、自然鎮火するまで約20時間待つしかなかった』
『都は2025年4月から、新築住宅への太陽光発電システムの設置を義務化する。すでに新築住宅にパネルを設置する場合は1kWあたり10~12万円(上限36万円)、既存住宅に設置する場合は1kWあたり12~15万円(上限45万円)の補助金を出している。住宅が密集する東京で災害が発生した場合、太陽光パネルの危険性がきわめて高まる』

などです。太陽光パネルは一部国内メーカーですが、製品のほとんどが中国製。これは、都民の住宅購入費の一部、そして都が供出する補助金(都民の税金です)が中国へ流れることを意味します。
まだシャープなどの国産に限るとすれば、お金は国内に還流しますから経済的効果もあるでしょうが、そうではありません。再エネ還付金含め、私たちの税金が国外へ流出するのをどうにかして欲しい。
また、覚えてますでしょうか、阪神淡路大震災。電力が復旧したとたんに倒壊した家屋の方々から火の手が上がったことを。南海トラフ、東京直下型地震などを想定した危機管理を要求される東京都が、二次災害の文字通り火種になる太陽光パネルの設置を義務化する意味がわかりません。対象は新築住宅のみですが、火種としては十分です。

もう一つ。明治神宮外苑地区の再開発問題。自分はかつて野村監督時代のヤクルト・スワローズのファンでしたから、外野席入場列でよく並んだ関係で神宮球場周辺には深い思い入れがあります。特にあの絵画館を背景にしたイチョウ並木など東京を象徴する大切な光景だと思うのです。再開発事業ではこのイチョウ並木の周辺一帯を対象に伐採と、神宮球場秩父宮ラグビー場などを造り変えるとのこと。
この件はネットだけが騒いでいるわけではなく、昨年亡くなられた坂本龍一さんが問題提起したほか、その声を受けたカタチで、桑田佳祐さんがサザンオールスターズの新曲としてやんわりと景観保護を訴えています。

一方で、小池都政が手掛けた事業の中には『018サポート』(18歳以下の子供に所得に関係なく月5000円支給)など良い政策もありますが、他が悪目立ちして隠れてしまっています。

以下は、小池さんを批判し続けている元都知事舛添要一さんの記事です。

最後に[4]に関して。
ある一般人氏が東京都からアウトリーチ委託を受けていた某一般社団法人の会計があまりにずさんであることに気が付き、東京都に対して情報開示請求を行いました。これに端を発し、東京都からNPO法人等への不透明な公金垂れ流し発覚にまで発展しています。
さらに東京都が開示請求を拒否したことについて、初となる一般人からの国家賠償請求訴訟を起こされ都が敗訴するまでに至っています(なぜかテレビ新聞では全く取り上げられない)。
尚、本件はここでは扱いません。ご興味ある方は検索していただきたく。

以上です。長文になってしまいました。

 

映画【ピアノ・レッスン (4Kデジタルリマスター版)】@TOHOシネマズシャンテ

第66回アカデミー賞を作品賞、主演女優賞、助演女優賞アンナ・パキン)の3部門で受賞し、第46回カンヌ国際映画祭パルム・ドールをも受賞した1993年公開の映画『ピアノ・レッスン』(原題:The Piano)は、女流映画監督のジェーン・カンピオンが脚本も手掛け、ホリー・ハンター(エイダ)、ハーヴェイ・カイテル(ベインズ)、サム・ニール(スチュアート)が出演したフランス、オーストラリア、ニュージーランド合作映画です。

この映画、映像は美しい(少し暗い)のですが、登場人物たちの内面は決して美しいとは言えません。おそらく劇中にあえて何度も映す、ぬかるんだ泥濘がそのへんを暗喩しているのではないかと思う。まさか、日本語で不倫劇を形容するどろどろの、という表現を監督が意識したとまでは考えてませんが。

初公開当時に宣材の絵づらの美しさだけで観に行って、内容のショッキングさに驚いた方が多かったのではと推測いたします。
実は自分もその一人。
ただ、初公開当時は観ておりません。レンタルでもサブスクでも。この4Kでの再公開が初見となります。
もともとマイケル・ナイマンの音楽が好きで、この映画の音楽を編み直した彼のピアノ協奏曲などを愛聴しておりましたが、映画そのものにはさしたる興味もなく、もちろんストーリーなどは気にしたこともありません。
今年になって再公開すると聞き、スクリーンで観られるならと、海辺にピアノが置かれた耽美なビジュアル、そして麗しい音楽だけを先入観として喜んで観に行ったたわけです。はい。

以下、ネタバレにご注意ください。

 

前半は、映像で端折られていたくだりを脳内で埋めながらの鑑賞となりました。そのくだりとは、彼女に手を出さない優しい再婚相手のスチュアートと、顔に彫り物を入れ、原住民と同化した寡黙で粗野に見えるヘインズ。何故、エイダはヘインズに惹かれたのか。
ここは直接描かれておりませんので観客が補完しなければならないのですが、考え方は千差万別でしょう。特に男性視点と女性視点では異なるのかなという気がいたします。

幼い頃に声を失った主人公エイダの心象を代弁するピアノ。
夫のスチュアートは浜辺にピアノを置き去りにしただけでなく、ピアノをヘインズの土地とのトレードに用いてしまう。
一方のヘインズは浜辺でエイダが弾く音楽に聴き入り、土地のトレードに金銭ではなく、ピアノとエイダのピアノ・レッスンを要求し、エイダはピアノを手放すことを渋々承諾、そしてヘインズの元へピアノ・レッスンに通う日々が始まる。
ピアノ・レッスンでもエイダに教わるでもなく、彼女が弾く音楽に聴き入っているだけ。そして鍵盤をひとつひとつ返却する見返りとして・・・エイダとヘインズの距離が縮まってゆく。しかし、『君を淫売にはできない』と、土地はそのまま、無条件でピアノを返却してレッスンも中止することに。
エイダは、ヘインズが彼女だけでなく、ピアノに対する理解と優しさを感じたのだと思う。これはピアノを受け取ってからちゃんと調律師による調律を行ったこと、また最期の方で小舟が転覆しそうになりながらも、ヘインズはピアノを運ぶことを主張し続けたことからも明らかです。

 

この場面はショッキングでした

後半、やがて不倫がバレて外出ができなくなったエイダは、ピアノの鍵盤の機構部を引き抜き、ヘインズへのメッセージを書いて娘に託します。ここ重要ですよね。紙に書けばいいメッセージをあえて彼女自身でもあるピアノの一部に書く。
この時点でピアノは不完全なものになった。
娘がスチュアートの元へメッセージを持って行ったために、あまりの不義に激怒した彼はついにエイダの指を斧で切り落としてしまいます。しかし、ピアノが弾けなくなってしまうのに、エイダは泣き叫びも苦痛の表情も見せません。おそらくピアノから鍵盤を引き抜いた時点で既に、彼女自身も不完全になっていたのでしょう。
それよりも、あの瞬間のエイダ、いや女優ホリー・ハンターの目を忘れることができません。アカデミー主演女優賞も納得できます。

 

ラスト。あくまで個人的な感想を述べさせていただくと、ピアノと共にエイダが海に沈んだまま終わったほうが、ストーリーが綺麗に終息したと思うのです。あくまで個人的意見ですが。

あと、娘役のアンナ・パキンですが、スチュアートにメッセージを渡した時に『何てことすんだこのク○ガキ!』とつい(脳内で)怒ってしまいましたが、そう思わせたことで彼女の勝ち。若干11歳でアカデミー助演女優賞を受賞したのも頷けます。
ただ、最年少ではないですね。ピーター・ボグダノヴィッチ監督の『ペーパー・ムーン』でテイタム・オニール助演女優賞を受賞したのが10歳だったはず。そしてスクリーン上の存在感もテイタム・オニールに軍配。

いつまで上映してるのかはわかりませんが、名作であることは間違いありませんので、昨今のCGハリウッド映画に食傷気味な方にはお勧めしたい映画です。

 

TOHOシネマズシャンテにて