ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』
トリスタン:ゾルターン・ニャリ
イゾルデ:リエネ・キンチャ
ブランゲーネ:藤村実穂子
クルヴェナール:エギルス・シリンス
マルケ王:ヴィルヘルム・シュヴィングハマー
指揮:大野和士
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京都交響楽団
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
2024年3月23日(土)
新国立劇場オペラパレス
今月は二期会のタンホイザーに続き二度目のワーグナー。いやー濃いっすね。
この公演は2011年プレミエの再演ということです。自分はこのプロダクションは今回が初めて。
オペラ公演はだいたい演出の感想から入るのですが、今日は演奏から。
大野さんと東京都交響楽団の管弦楽が素晴らしいです。今回、上野でも聴けたマレク・ヤノフスキとN響の『トリスタンとイゾルデ』演奏会形式公演をやめ(お金が無いので)、新国立劇場公演を選択したのですが、大野和士/都響でなら、むしろ演奏会形式で聴いても良かったと思う。それくらいワーグナーの世界に浸れる厚みがある陶酔の音楽が聴けました。もう、新国立劇場は全公演、大野さんでお願いしたい。
声楽陣ではタイトルロールのお二方も良かったのですが、やはりバイロイトを含め、世界中のメジャー歌劇場、音楽祭からお声がかかるブランゲーネの藤村さんが光ります。
あとマイスタージンガーのザックスの如き人徳者のマルケ王が印象に残る。打たれ弱くて、妻と甥の不倫現場を目撃してへろへろになっていたのを見て微笑んでしまった。
続いて演出。あの赤い月は死の象徴ですよね。
この物語が始まる前、アイルランドにおいてトリスタンがイゾルデの婚約者であったモロルトを討ちながらも深手を負い、タントリスという偽名でイゾルデの秘薬治療を受けた時から、二人の愛の関係は始まっており、第一幕で二人が毒だと信じて共に薬を飲んだ時点で憧れの死のクライマックスを迎えるはずだったと思う。演出もあの場面で月を赤くした。
しかし、ブランゲーネの機転なのかおせっかいなのか、媚薬とすり替えてしまったため、第二幕以降のお話に繋がるわけですが、ただただ二人が迎える憧れの死が延びてしまったに過ぎない。
第三幕では開幕から赤い月が瀕死のトリスタンを見下ろしている。しかし、クルヴェナールがイゾルデを呼んだ話を聞いてトリスタンは立ち上がり、自らの生い立ちやら懐かしい調べなどを語っているときの月は白い色に戻る。それが一転、イゾルデ到着と同時に赤い月となり、トリスタンは息絶える。
この演出ではイゾルデもトリスタンと共に息絶えたようです。ラストの愛の死は、たぶん魂となったイゾルデが歌っている。そして赤い月が沈みゆく代わりに舞台奥へと歩むイゾルデの赤いドレスにスポットがあたり幕。んー実に深い。
この物語の二人の愛の陶酔は、憧れの死と、そして愛の夜を求めている。
前の投稿で癌手術から復活したばかりのアバド/ベルリン・フィルが東京文化会館のピットに入った来日公演を観たことを書きましたが、その時の演出を思い出す。
確か、トリスタンの死の場面で照明が急暗転しました。暗転と言っても単に照明を落とすのではなく昼と夜の境目が下手から上手に向かって(逆だったかも)サーッと一瞬のうちに舞台上を動いて暗転。トリスタンが一足先に憧れの死を迎え、愛の夜の世界へ行った象徴的な演出でした・・と思う。記憶の通りなら。